松田です。
屋久島には立ち枯れした巨木たちが無数にあります。杉や栂、モミなどがその代表でしょう。杉は千年以上生きるものもあれば、モミや栂は数百年ほどです。
屋久島の森の時間軸にあてはめてみると人間の一生なんてほんの何分の一かに過ぎません。立ち止まっている暇もないほどに儚く短いのかもしれません。
星たちはどうでしょう?太陽の寿命は約100億年と言われています。今はおよそ46憶才ぐらい、寿命の半分を消費したぐらいかな?太陽の光が僕たちの網膜に届くまで約8分の時間がかかります。途方もないキョリを旅した光を僕たちは認識して恩恵を受けています。
星(恒星)の寿命は様々です。太陽の次に近い恒星ケンタウルス座アルファの光が地球に届くまで約4年、遠い銀河の果ての星の光が届くまでは何万年も何億年もかかります。つまりは宇宙からみたら巨木たちの一生もあっという間で、星の光が届く時間ほどもありません。
僕たちは本意、不本意にもイメージできないよくわからないスケールの中で生かされています。あまりにスケールが大きすぎるので認識できなかったり、忘れてしまったりしちゃいますが。
これからまた夏が来ます。ここ数年の全国各地の豪雨や世界規模での干ばつやハリケーンなど異常気象のリスクは常にあります。そのスピードやスケールが加速していっているのは気のせいでしょうか? 環境の変化をまず受けるのは水のなかや森のなかの生命たちです。たぶん僕たち人間がヤバいって思う段階とは地球的には相当にヤバい段階なんではないでしょうか?
この写真のモミの古木も寿命を終えいつ倒れるかわかりません。大木が倒れたら日が入り森は若返ります。宇宙からみたら森の一生なんてたいしたものではないかもしれませんが、そんな森から見たら蟻んこみたいな僕ができることは、木々の生きざまや最期のとき、誕生を記録していくことなんだと思っています。
30年弱の自分と数百年の寿命を終えたモミの木と遥か彼方からの星の光たち。互いに時間のスケールは違えど、今ここにあることに感謝して。