毎年3月下旬から4月中旬にかけて標高500〜1000mの中山のヤマザクラが開花し、山肌がもっとも色彩豊かになります。里周辺のヤマザクラは標高が低くいので、もっと早い時期から咲き始めています。今年の中山の開花は早く、3月下旬には咲き始めていました。毎年、このヤマザクラの開花にあわせて屋久島に来島し、太鼓岩に登る観光客の方が多くいらっしゃいます。今年は、計画していたが断念された方、とても多かったのではないでしょうか。太鼓岩の眼下に広がるヤマザクラの風景はそれはそれは絶景で、すばらしいです。今年は現地ガイドはじめ、多くの屋久島在住の方々がSNSなどでアップしてくれていますので、Yakushima Filmでは、違った山域で作品作りをしてきました。今日はその中から2枚をお届けします。
ヤマザクラは先駆種(パイオニア種)とよばれ、ギャップ(土砂崩れや造成などで木が切られ、陽がはいった場所)ができると、他の種に先がけて成長し森を形成します。ここの山域はかつて大規模に伐採が入った場所らしいです。ヤマザクラの広がりから想像するに、かなり広範囲で皆伐され、地肌が剥き出しになったのではないでしょうか。
もしこの山が原生のままだったとしたら、どんなにすばらしかったのだろう。そんな思いに毎年させられます。しかし、花山歩道エリアなど原生の森を保った山を俯瞰すると、この写真のような華やかさはなく、意外にも森の色彩は緑の濃淡が変化するだけの単調な新緑風景です。森が極相に向かっていくと、ヤマザクラは役割を終えるかのごとく姿を消していきます。人の手によって切られた森を、悲しみのうちに治すのではなく、人々に喜びと感動を与えながらまるでお祭りのように華やかに治していくヤマザクラさん、何とも粋な計らいだなあと、毎年敬服します。
こんな書き方をすると、人間が悪者のようにうつってしまいがちですが、昔の島の方々は、生きるために木を切っていました。今のように木を眺めてるだけ収入が入る観光の概念など皆無だった時代です。木を切ることは正義だったのかもしれません。現代の自然保護に偏りすぎた狭い視点で先人の森利用を悪とすることは、この風景をみていると、とてもできません。
一見、破壊に見えるような経済活動も、単なる破壊ではないのかもしれません。こんなにも森を美しくしてくれているのだから。かといって、人間以外の生きものにとってこの美しさはまったく関心のないことかもしれません。自然界には良きも悪きもないように思えてきます。
対極にある感情が行ったり来たり。
対極と言っている僕の価値観とは裏腹に、自然界において対極という言葉など存在していないのかもしれません。すべては、同極の事象なのかもしれません。
というぐあいに、何を言っているのやら。。この風景を眺めているといつも何が何だかよくわからず、訳がわからなくなってきます。笑 そんな矛盾だらけの、よく言えば何でも肯定してしまう「何でありさ〜」気質に僕がなってしまったのは、この多種多様な生きものの生存を可能にしてくれている森の懐の深さと広さにあるのかもしれません。森では、あらゆる生きものは言葉をいっさい発することなく、他者と調和して暮らしているようにうつります。異なる価値観と多様性を許容する姿勢が、そこには確かに存在しているんです。
人は自然から学び、道理をつくりあげてきましたが、いつも自然は人のつくり出した道理どおりには、いってくれません。
今、世界を不安で覆っているコロナウイルス。一旦スマートフォンの電源を切り、山に入って、森で生きる者たちの姿勢から、もし僕らが学びとろうとしたのなら、何か肯定的なアイデアが降りてくるような気がしています。
とても大変な状況に人々を追い込ませていますが、自然界はいつも裏腹。乗り越えた先にはきっと桃源郷が待っていると、屋久島のヤマザクラは無言で教えてくれています。
先駆種は寿命が短いものが多く、数十年で枯れるものもあるなか、ヤマザクラは200年、生きることもあるとか。この山の伐採が終わって50年ぐらい経つのでしょうか。だとするとこの風景はあと150年の限定風景です。厳密に言えば、山が極相に向かって健全さを取り戻していくにしたがって、徐々に桜は死んでいくことになるので、毎年、美しくなっていってほしいと思う僕の期待とはやっぱり裏腹(笑)、徐々に春の桜色は失われていくことが予想されます。
今年も大きなヤマザクラが枯れ、登山道の邪魔になったのでしょうか、玉切りされて森に転がっている姿を白谷雲水峡の林内で見かけました。
良い意味でも悪い意味でも人の期待を裏切ってくれる屋久島の自然からいつも、わけのわからないこの星のポジティブな摂理を教えてもらっています。